大前神社は1500年有余の歴史を誇る延喜式内の名社です。ご祭神は福の神様のだいこく様とえびす様で、開運招福の願いを叶えてくれる神様です。 欝蒼とおいしげる杜には、安土桃山時代末期に造られた、 極彩色の彫刻豊かな御本殿がそびえたち、名工藤田孫平治や島村円哲工人達の足跡が偲ばれます。
大前神社の長い歴史を紐解くと、武将平将門も戦の勝利を祈願し、太平記に見える坂東荒武者・紀清両党の芳賀氏が 崇拝し、天正16年には、平家物語(大前神社本)を神前に奉納されました。そして、二宮尊徳大人も 当社のみそぎ所に籠もり大前堰を改修し、茨城県にもおよぶ大事業を完成されましたことは有名です。
事代主神
大国主神
御祭神は大己貴(おおなむち)神またの名を大国主・大物主・大国魂など多くのお名前があり一般的にはだいこく様と呼ばれる大国様とえびす様と親しまれる事代主神をお祀りしております。大国様は国土経営に当たり大きな袋に「もの種」を沢山詰め、背負いながら国内の農業をはじめとするあらゆる産業・生活文化の種を配り歩かれました。 悪しき者を正しき道に導き、医療の道や殖産興業を教えて歩かれたと申します。
開運招福の神様であり、健康や病気平癒をはじめ縁結び・五穀豊穣・厄除け災難除け・家内安全・産業発展など様々な御利益を与えて下さいます。 えびす様とも呼ばれる事代主神は、大国様のお子様にあたる神様で、河川海洋の守護神であり、漁業安全・大漁豊漁をはじめ商売繁盛・家業繁栄などの御利益を下さいます。 このお二人の神様を二福神と申すこともあるように、多くの御利益と教えを与えて下さいます御祭神であります。
因幡の白兎の神話は、悪だくみをして鮫に毛を剥がされた白ウサギを大国様が助けるお話しで、大国様が大変優しい神様であり、医療の神様とも云われ、ひいては健康の神様ともいわれる所以です。私たちもいつも他人に優しく、朗らかな笑顔で接したいものです。
| 神護景雲元年 ( 767) | 大前神社の社殿再建(ご造替の初見) |
|---|---|
| 延暦 十七年 ( 798) | 国司祭神社に選上 |
| 延喜 五年 ( 905) | 大前神社「延喜式」の式内社に選上される |
| 延長 五年 ( 927) | 祈年祭に朝廷より幣帛を賜る |
| 天正 五年 (1577) | 芳賀高継、大前神社の御本殿を再建(栃木県文化財) |
| 元禄 元年 (1688) | 拝殿再建(栃木県文化財) |
| 宝永 四年 (1707) | 御本殿の全面改修がなされ、棟梁藤田孫平治の下に彫刻師島村円哲ら名工による現存する彫刻と彩色が完成 |
| 亮保 十五年 (1730) | 御本殿・拝殿の屋根檜葺替工事と鳥居の改修がされた |
| 宝暦 十二年 (1762) | 御本殿・拝殿の彩色大修繕と、屋根葺替工事が棟梁磯辺儀左ェ門信秀らにより行われた |
| 亮和 二年 (1802) | 現存の両部鳥居が造営(当社所蔵「元禄絵図」の神域内第二鳥居の位置(栃木県文化財)拝殿の改修 |
| 文政 八年 (1825) | 現存の神楽殿が造営 |
| 文政 十年 (1827) | 二宮金次郎 大前堰を尊徳仕法による洗堰に改修 |
| 天保 十年 (1839) | 御本殿改修、「永代大大御神楽之碑」建立(神主源忠義の文・安達元善筆) |
| 文久 二年 (1862) | 御本殿屋根葺替工事、神主風野筑前筆「大前神社由緒並び社殿造営綴」に氏子内外の寄進名主と村戸数奉賛額が記名 |
| 明治 十年 (1877) | 社格が「栃木県社」に列せられる |
| 明治 二三年 (1890) | 御本殿改修。一ノ鳥居に次いで、花崗岩神明造り「二ノ鳥居」を久保六平奉納 |
| 明治 四十年 (1900) | 神饌幣帛料供進之社に指定 |
延喜式の(神名帳)に掲載された神社を延喜式内社又は式内社といいます。当時朝廷より幣帛、供物が届けられた由緒正しい神社です。
下野国には十二社あり、千百年余の昔から今日まで、式内社巡拝が行われております。
延喜式(えんぎしき)…奈良、平安時代に神祗制度を確立するために作られた法典です


